大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)171号 判決

当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり〈省略〉

主文

本件訴えをいずれも却下する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた判決

一  原告ら

1  別紙当事者目録中の各事件原告目録(一)記載の原告らが理容師法一一条の三第一項所定の管理理容師を、同(二)記載の原告らが美容師法一二条の二第一項所定の管理美容師を、それぞれ置く義務がないことを確認する。

2  被告厚生大臣が昭和四四年二月一五日定めた管理理容師資格認定講習会指定基準及び管理美容師資格認定講習会指定基準はいずれも無効であることを確認する。

3  被告都道府県各知事は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二条の二第二項に基づく各講習会の指定を行つてはならない。

4  被告都道府県各知事は原告らが前記管理理容師又は管理美容師を置かないことを理由に理容所又は美容所の閉鎖を命じてはならない。

5  昭和四三年九月一〇日以前から二人以上の理容師又は美容師による営業をしている原告らが都道府県知事に対して理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づく変更届をする義務がないことを確認する。

6  被告財団法人日本理容美容協会は理容師法一一条の三第二項又は美容師法一二条の二第二項所定の各講習会を実施してはならない。

7  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  被告ら

(本案前)

主文と同旨

(本案)

1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。〈以下、事実省略〉

理由

本件各訴えの適否について判断する。

一請求の趣旨1及び4の訴えについて

1  本件請求の趣旨1は、理容師法一一条の三及び美容師法一二条の二の規定が原告らに対し管理理美容師を置くべきことを義務づけているのはいずれも憲法に違反するものであるから、原告らにおいて右管理理美容師を置く義務を負わないことの確認を求める、というのである。

ところで、右各規定は、所定の理容所又は美容所の開設者に対し一般的に管理理美容師の設置義務を課したものであるが、右義務は、性質上その履行自体を直接強制しうるものではないし、また、その違反によつて当然に原告らが営業を継続しえなくなるなど原告らの具体的な権利関係に直接変動が生じるものではなく、ただ、その義務を履行しないことが、将来行政庁から閉鎖命令あるいは新規開設届の不受理という不利益処分を受ける原因となるにすぎないものである。したがつて、右義務の存否を確認することはその義務違反が将来の不利益処分の原因となるかどうかを確定することにその意味があるものというべく、原告らの右1の訴えの実質も、原告らの右義務の不履行に対して将来都道府県知事による閉鎖命令等がなされることを防止するために、右命令等の前提となる義務の不存在を予め確定しておくことにあると解するのが相当である。

そして、本件請求の趣旨4の訴えは、右に述べた1の訴えの趣旨を更に具体化して、被告各知事に対し右義務違反を理由として閉鎖命令を発してはならないことを求めるものであるから、両者はその実質において異なるところがないものということができる。

2  ところで、法令により義務を課された者が、右義務の不履行により将来不利益処分を受けるおそれがあるというだけで、直ちにその予防のために右義務の存否の確定を求めあるいは直接当該不利益処分の差止めを求めることは、当事者間の具体的・現実的な争訟を解決することを目的とする現行訴訟制度のもとにおいて当然には許されるものではないと解すべきである。法令による義務は、一般的には、その義務違反に対する制裁として定められた不利益処分を発動するための前提要件となるにすぎないもので、それ自体は具体的な法律効果を伴うものではないから、かかる義務の存否は、具体的に不利益処分がされたのちに、その処分の適否ないし効力に関する訴訟においてその前提問題として争えば足りるのが通常であるし、また、不利益処分がされるかどうか未定の間の事前にその処分の差止めを求めることは、未だ具体的・現実的に権利、利益が侵害されていないのに、抽象的・未必的な紛争について司法判断を求めるに帰するものであつて、いずれも広い意味における訴えの利益を欠くというべきだからである。

もつとも、法令により義務を課されただけで、未だ具体的な不利益処分がされていない場合であつても、右不利益処分を受けてからこれを争つたのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情があるときは、右処分を予防するため当該義務の存否の確定又は処分の差止めを求めることも許されると解する余地がある。しかし、本件についてみれば、都道府県知事が閉鎖命令を発するにあたつては、予め、これを受けるべき者にその理由を通知し、弁明等の機会を与えるべきこととされており(理容師法一四条の二、美容師法一六条)、これによつて初めて当該の者に対する不利益処分のおそれが現実化するものといえるのであり、また、現実に閉鎖命令が発せられた場合であつても、それにより回復の困難な損害を生じるときは、行政事件訴訟法二五条所定の効力停止を求めて損害を防止することも可能であることを考えると、閉鎖命令の発動が具体化するまでに至つていない現段階において、原告らがいま直ちに前記義務の存否を確定し又は閉鎖命令の差止めを求めておかなければ回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情が存在するものとは、未だ認めることができない。原告らは、義務違反に伴う不利益として、右閉鎖命令のほかに新規開設届の不受理処分を受けることをも主張するが、これは、原告らが今後他に理容所又は美容所を新規開設する一般的・抽象的可能性を有することを前提とした不利益の主張にすぎないから、右不利益が事前の救済を相当とするものにあたらないことは、明らかである。

3  そうすると、原告らには、将来における閉鎖命令等を防止するため、予め、理容師法及び美容師法の前記各規定に基づく管理理美容師設置義務の不存在確認を求め、また、右義務違反を理由とする閉鎖命令の差止めを求める法律上の利益がないものというべく、右各訴えは、この点において不適法というほかない。

二請求の趣旨2、3及び6の訴えについて

理容師法一一条の三第二項及び美容師法一二条の二第二項によれば、管理理美容師は、理容師又は美容師の免許を受けたのち三年以上理容、美容の業務に従事し、かつ、厚生大臣の定める基準に従い都道府県知事が指定した講習会の課程を修了した者でなければならない、とされている。原告らは、右規定に基づく被告大臣の指定基準、被告各知事の講習会の指定及び被告協会による講習会の実施をもつて抗告訴訟の対象となる行政処分ととらえ、その無効確認あるいは差止めを求めるのであるが、右各行為は次に述べるとおりいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分にはあたらないというべきである。したがつて、右各訴えは、この点において不適法たるを免れない。

1 被告大臣の指定基準は、都道府県知事に対し講習会の指定をするための基準として講習科目、講習時間等講習会の内容を示したものにすぎず、いわば行政庁間における内部的行為にとどまるものであつて、右基準自体が原告らの権利、利益に直接具体的な影響を生ぜしめるものでないことは明らかである。

2 被告各知事の講習会の指定は、管理理美容師となるために受けるべき講習会を具体的に指定するものであるが、右指定そのものの効果として原告らが右講習会の受講を義務づけられることになるわけでなく、ただ、原告らが管理理美容師の資格を得るためには、法律の規定により右指定にかかる講習会の課程を修了しなければならないこととされているにすぎない。したがつて、右講習会の指定は、原告らの権利、利益に直接具体的な影響を生ぜしめるものではないのである。

3 被告協会による講習会の実施は、管理理美容師として必要な知識等について講習することを内容とする単なる事実行為であつて、原告らに対しその受講を強制しうるものではなく、右実施行為自体によつて原告らの権利、利益になんら影響を与えるものでない。原告らは、右講習会の実施は管理理美容師の資格の付与行為であるから行政処分にあたると主張するが、管理理美容師の資格を取得するためには、講習会の課程を修了するだけでなく、その修了の認定のほか、三年以上の業務経験を有することをも必要とするのであり、講習会の実施自体を資格付与行為とみうる余地はない。したがつて、原告らの右主張は理由がない。

三請求の趣旨5の訴えについて

右訴えは、本件改正法施行以前から既に二人以上の理容師又は美容師による営業をしている原告らが理容師法一一条二項又は美容師法一一条二項に基づき管理理美容師の氏名等を届け出る義務を負わないことの確認を求めるものであるが、これは、右各規定による届出義務違反に対しては刑罰が科される(理容師法一五条一号、美容師法一九条一号)ところから、前記請求の趣旨1の訴えと同様に、右義務違反による将来の不利益処分を防止するため、予めその義務の存否を確定することを目的としたものということができる。

しかし、右各規定による届出義務は、その規定自体から明らかなように、法定の届出事項に変更が生じたときに発生するものであるから、理容所又は美容所の開設者において新たに管理理美容師を設置した場合には、その氏名等を届け出なければならないこととなるが(理容師法施行規則二〇条の二、美容師法施行規則二一条参照)、本件改正法施行後においてもこれを設置していない場合には、その届出をすべき必要がないことは当然である。本件において、原告らが届出の対象となる管理理美容師を既に設置し又は近く設置するとの事実はなんら主張されていないのであるから、原告らとしては、未だ具体的な届出義務を負わされるべき立場にはなく、かかる段階においては、前記二で述べたような将来の不利益処分を予防するため右義務の存否を事前に確定しなければならない特段の事情が存すると認めることはできない。

したがつて、原告には右届出義務の不存在の確認を求める法律上の利益がないものというべく、右訴えは、この点において不適法というほかない。

以上のとおりであつて、本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 八丹義人 佐藤久夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例